あなたは公園の中で人を殴った暴行事件で逮捕されてしまいました。でもあなたは殴っていない。否認しています。裁判で目撃者が検察側証人が法廷に出てきてこう証言します。「被告人が、被害者を殴っているところを見ました!」。さて、弁護人が証人に尋問する番です。弁護人は何を聞くべきでしょうか。
これが刑事裁判の「反対尋問」の場面です。さて、弁護人はこんなことを考えているとしましょう。事件があった時間は夜の11時。現場は広い公園の真ん中で街灯もない。公園の入り口から見ただけの証人に、殴るところが見えたはずはない。
尋問技術のない弁護人は、こう聞いてしまいます。「真っ暗なのに本当に見えたんですか?」すると証人は「見えましたよ」と答えます。「どうしてそんなに暗いのに見えたんですか?」「月明りもありましたし、だいたい、殴っている人の動きなんて暗くても見えますよ」「そんなに遠くから見えたはずがないでしょう?」「私、昔から目はいいんです」証人と言い合いになって、効果的な情報を証人から聞き出すことはできませんでした。
基礎的な尋問技術を持った弁護人はこう聞きます。「あなたが目撃したという時間は、夜の11時でしたね」これには、「はい」と答えるしかないでしょう。「見た相手がいたのは、公園の中でしたね」「周りに街灯はありませんね」「あなたが立っていた場所は、公園の入り口ですね」「公園の入り口にも街灯はないですね」。そして弁護人は、裁判官に対する最終弁論でこう述べました。「夜、街灯もないような状況で、公園の入り口からしか見ていないことを証人も認めていました。暗い中で、遠くで殴ったのが見えたはずがありません」証人に反論を許さず、言いたいことを裁判官に伝えることができました。
どちらが説得力があるかは、一目瞭然です。テレビドラマとは違い、証人が「実は見えてなかったんです」などと泣き崩れるようなことはめったにありません。証人に反論させず、主張に必要な事実を獲得する視点が重要なのです。
これは反対尋問のごくごく基本的な技術を紹介したものです。しかし、我が国の弁護士の尋問技術は優れているとはいいがたく、我々が研修の講師などを務めていても、前者のような尋問を繰り返してしまう弁護士が多数いるというのが偽らざる実感です。
特に事実関係を争う事件では、法廷での反対尋問技術が勝負を分けます。
事実を争う事件に勝つための反対尋問技術は、今や刑事弁護人にとって必要不可欠なものなのです。
東京ディフェンダー法律事務所 山本衛