弁護人にとって,無罪を主張する事件の弁護活動は困難ですが,主張はシンプルです。「この人は犯人ではありません。証人は見間違いをしたのです。」そうまとめることができる事件もあります。
他方,殺人事件を行ったことは間違いがなく,量刑が問題になる事件で,適切な刑の長さに関する意見を述べる場合,そうシンプルではありません。
弁護人から,「この事件は,懲役○年が相当です,なぜなら・・・だからです」と一言でまとめることは困難です。
殺人事件の量刑判断が難しい理由の1つは,殺人事件の法定刑が,「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」(刑法199条)と相当幅広いことです。そして,当該行為をどの程度非難できるかについては,客観的行為だけでなく,主観的な非難の程度(経緯,動機の悪質さ等)を総合して考えることになり,行為の危険性・動機の悪質さ・計画性の有無・殺意の強弱等を総合考慮して当該行為に相応しい刑の重さがみえてくるからです。
行為の危険性だけみれば,多数回刃物で攻撃したような事件が重くなるはずですが,例えば,加害者がDV被害者で,普段から暴力を受けていた相手(被害者)に対して過剰に攻撃してしまう心理状況であった場合,多数回の攻撃があったからといって重く処罰するべきか悩ましいところです。各要素を総合的にみて非難の程度を考えていくという作業はそうシンプルではないのです。
殺人事件は裁判員裁判対象事件ですから,弁護人は,裁判所の量刑検索システムを利用して,過去の裁判結果(量刑傾向)などをリサーチすることができます。
例えば,覚醒剤密輸事件だと,ある程度の(例えば1キロ未満なら○年から○年くらいの数年の幅で多く分布)量刑傾向をみてとれます。量刑傾向を参考にして,妥当な刑を検討することは比較的しやすいところです(もちろん,量刑傾向がかなりはっきりしている事件類型であれば,その量刑傾向からみて,かなり軽い刑を主張することは特別な事情がない限り,難しくなります。)。
しかし,例えば,殺人事件,被害者1名で,凶器・刃物として,検索して,量刑傾向を把握しようとしても,軽い判決は,懲役2年から3年で執行猶予付の判決であり,重い判決は懲役20年を超えて,無期懲役まであり,量刑傾向が広く分布しています。
このことは,殺人罪の法定刑が広いことの反映ともいえますが,立法者は,このような幅広い法定刑の中で,殺人といっても軽く非難すべき事件もあれば,重く非難すべき事件もあり,広い法定刑から適切な量刑を見いだすべきだと考えているように思われます。具体的には,行為の危険性・動機の悪質さ・計画性の有無・殺意の強弱等を総合的に考慮して,当該行為が,殺人罪の保護法益である生命をどれだけ軽視する行為だったのか,どれだけ非難される行為であったのかという視点で法的非難の程度を考え,量刑を決めることになるのです。
もちろん,非難の程度を考える際,当該事件だけでは評価できませんから,他の事件と比べて,いずれも人が亡くなった悲惨な事件ではあるけれど,この事件よりは悪質か,とか,この事件よりは被告人が気の毒か,などと相対的に刑の重さを考えていくことになります。
弁護人は,上記の要素以外にも示談や反省といった一般的な情状要素も事実認定者に伝えて,長期間刑務所にいれるほど非難の程度が強い事件ではないと主張・立証することになるのですが,数学のように厳密なルールがない領域です。どれだけ事実認定者に説得的な主張・立証ができるか,弁護人の力量が問われるところであり,やりがいのある活動だといえます。
法律事務所シリウス 弁護士 菅 野 亮