刑事弁護ブログ

2025.03.03 刑事弁護コラム

企業活動と刑法~労働基準法違反により刑事裁判となった事例の検討~

1 企業及びその代表者らが、労働基準法違反行為をしたとされ、刑事事件になることがあります。
営利を目的とする企業においても、法令違反をすることなく、健全な企業経営をしていくことが企業の理念として求められておりますので、注意が必要です。
裁判で、労働基準法違反として刑事処罰された事例を紹介します。

2 労働基準法117条,5条該当事例(静岡地裁平成31年4月9日)
この裁判では,デリバリーヘルスを実質的に経営する被告人が,共犯者と共謀の上,被害者に対し,もし本件デリバリーヘルスを辞めるならば被害者の写真をモザイク無しでばらまくなどと言って脅迫し,実働58日間にわたり,被害者の意思に反して本件デリバリーヘルスのデリヘル嬢として稼働させた,という労働基準法違反の事案です。

労働基準法5条は、「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」と定めており、同条に違反した行為については、「一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する」と定められています(労働基準法117条)。
労働基準法5条に該当するような行為が企業活動として許されないことはいうまでもありません。

3 労働基準法119条1号,32条2項,121条1項該当事案(大阪簡裁平成29年6月1日)
この裁判では,被告会社の店長等の労働時間の管理者が有効な時間外労働時間等に関する協定が,労働者の過半数を代表する者ではない者との間で締結されておらず,前記協定が有効でなかったにもかかわらず,使用者側において,その有効性に疑問を持たず,同協定が有効であると誤信し,平成27年2月から同年11月にかけて,7名の労働者に時間外労働をさせた事案です。

労働基準法は、「使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない」と定め、これに違反した場合、「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」となります(労働基準法119条1号)。
有効な協定があれば残業をさせることが直ちに違法とはなりませんが、この事例では、有効な協定がない事例でした。

また、この事例では、「労働基準監督署から計18回にわたり改善の指導を受けていながら,是正されることなく,その後も体制は改められず本件犯行に至った経緯を鑑みると,その刑事責任は重い」とされています。
通常、労働問題がいきなり刑事裁判になることはなく、労働基準監督署からの改善指導等があることも多いので、改善・是正内容を真摯に受け止め、法令に適合した企業経営を行う必要があります。全ての企業において、労働基準法に違反しない勤怠管理ルール作りが求められます。

4 労働基準法119条1号,62条2項,年少者労働基準規則8条35号該当事案(名古屋地裁平成27年5月7日)
この裁判では、会社が,2名の18歳に満たない児童を福島で行われている除染等の業務に就かせたという労働基準法違反の事案です。

労働基準法62条2項は、「使用者は、満十八才に満たない者を、毒劇薬、毒劇物その他有害な原料若しくは材料又は爆発性、発火性若しくは引火性の原料若しくは材料を取り扱う業務、著しくじんあい若しくは粉末を飛散し、若しくは有害ガス若しくは有害放射線を発散する場所又は高温若しくは高圧の場所における業務その他安全、衛生又は福祉に有害な場所における業務に就かせてはならない」と規定し、違反した場合には、「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」と定めています(労働基準法119条1号)。

一定の業務については、未成年者にその業務に就かせてはならないとされており、注意が必要です。

5 労働基準法121条1項,119条1号,32条1項該当事案(広島地裁平成28年11月14日)
この判決は、被告会社のトラック運転手が,高速道路上で仮眠状態に陥り,渋滞で停止中の車両に次々と衝突して死傷者を出した交通事故に関して,被告会社の運行管理者である被告人が,(1)同運転手が過労のため正常な運転ができないおそれがあることを知りながら車両の運転を命じ,(2)同運転手ら2名に対して時間外労働及び休日労働をさせた道路交通法違反,労働基準法違反被告事件ですが,被告会社に罰金50万円,被告人に懲役1年6月(3年間執行猶予)を言い渡した事例です。

死傷者を出すような過失運転行為が処罰されることは当然のことですが、運転手が過労していたなどの事情がある場合、会社の刑事責任が発生する場合があり得ますので企業において事故のない労働環境の整備が求められます。

この判決でも、「過労運転等を原因とする危険な交通事故が発生しないよう,法令等に定める基準を遵守して自動車運転手の疲労の蓄積を防止するとともに,その運転手に対して過労運転を命じることがないよう十分に注意すべき立場にあった」にもかかわらず、「労働時間の基準を守っていては仕事にならない,配車係としてより多くの仕事をしている実績を作りたいという思いや,これまで運転手が大きな事故を起こしたことがなく,これからも起こすことはないだろうという油断」があったと指摘されており、多くの現場で参考になる裁判例かと思われます。

法律事務所シリウス
弁護士 菅 野  亮