刑事弁護ブログ

2021.03.02 刑事弁護コラム

交通事件で速度を争えるか

交通事件で,事故時の速度が争点になることがあります。
 起訴状を読むと,被告人が120キロで漫然進行したなどと記載されているのですが,そのような速度を出した記憶がない,そうした相談を受けることがあります。
 120キロで事故を起こした場合は,60キロで事故を起こした場合よりも,過失も悪質だと評価され,刑も重くなることが多いですから,運転時の速度が何キロだったのかは量刑を決める上で重要です。
 速度を計算する方法は,1つではありませんが,検察官が,120キロで起訴した場合,その速度を裏付ける何らかの証拠があるはずで,典型的な証拠は,科捜研(各都道府県の県警本部には,科学捜査研究所が設置され,自動車工学の専門家が在籍しています。)職員が作成した鑑定書です(自動車工学を専門とする大学教授に依頼している場合もあります。)。
 自動車工学の鑑定は,現場のスリップ痕や自動車の損傷状況などを前提に速度の解析がなされていることが多いです(基本的には,自動車同士の事故であれば,衝突前後を通じて両車両全体の運動量が不変であるという運動量保存の法則やエネルギー保存の法則に基づく科学的計算がなされています。)。
 このような科学的鑑定を見ると,一見,正しく見えますし,自動車工学に関する専門知識がないと太刀打ちできないように思われます。しかし,科学の法則は正しいとしても,実際には,多くの実験の平均値を取っていたり,当日の道路状況を無視した,あるいは,自動車の損傷状況について誤解があるような鑑定もあります。
 事故当時の状況を考える上で,摩擦係数が問題となることも多いのですが,当該係数も路面の乾燥の度合いやタイヤの溝等の影響によってかなり幅のあるものです。

 当職が担当した事件でも,自動車工学の専門家が,160キロと鑑定していたものの,自動車の損壊のタイミングに誤解があったために,判決では,120キロとされた事件もありますし,90キロで起訴されたものの,争った結果,70キロで認定された事件にあります。鑑定人が,車に飛びついた被害者が飛ばされる軌道等を証言したものの,当該鑑定人自身が行った実験と矛盾しているような証言をしたこともありました。

 弁護人には,自動車工学の専門的知識はありませんが,鑑定の基礎となっている事実に誤解がないかや,幅があって特定できないはずの数値について,殊更被告人に不利な係数等を採用していないか,丁寧に鑑定書を読み込み,鑑定の信用性を検証しなければなりません。また,他の自動車工学の専門家に意見を聴くこともあります。
 速度について,本当に間違いないか,全ての証拠を十分に検討し,争うメリット・デメリットを総合的に考慮して,方針を決める必要があるのです。
 
法律事務所シリウス 弁護士 菅 野  亮