事案の紹介
被告人は,第1審で複数の罪で起訴され,一部の罪について無罪判決を受けた。
検察官が控訴し,控訴審は,控訴審における検察官の証拠調べ請求を全て却下し,何らの事実の取調べをすることなく,第1審の無罪判決を破棄して,有罪とした。
判例違反等があるとして,弁護人が上告し,控訴審判決が破棄され,高裁に差し戻された。
弁護活動
控訴審において,証拠調べを行うことなく,第1審の無罪判決を有罪判決にすることは刑訴法400条ただし書に反し,できないという判例上のルールがあります(昭和26年(あ)第2436号同31年7月18日大法廷判決・刑集10巻7号1147頁,昭和27年(あ)第5877号同31年9月26日大法廷判決・刑集10巻9号1391頁)。
控訴審は,上記判例は,刑訴法の仕組み及び運用が大きく変わった現在において,不合理であり,変更すべきだという立場から,何らの事実調べをすることなく,有罪判決を下しました。
弁護人は,上記判例違反等を理由に上告し,刑事訴訟法を研究する複数の学者から意見を聴いて,上記判例には,直接主義等の重要な原則をふまえた合理性がある等の理由を中心とした上告趣意書を作成し,最高裁判所に提出しました。その後,最高裁で弁論が開かれ,弁護人及び検察官が弁論を行いました。
控訴審は破棄され,差戻しの判決となりました。
最高裁判決では,次のように判断されています。
「原判決が挙げる刑訴法の制度及び運用の変化は,裁判員制度の導入等を契機として,より適正な刑事裁判を実現するため,殊に第1審において,犯罪事実の存否及び量刑を決する上で必要な範囲で充実した審理・判断を行い,公判中心主義の理念に基づき,刑事裁判の基本原則である直接主義・口頭主義を実質化しようとするものであって,同じく直接主義・口頭主義の理念から導かれる本件判例の正当性を失わせるものとはいえない。そうすると,本件判例は,原判決の挙げる上記の諸事情を踏まえても,いまなおこれを変更すべきものとは認められない。」(最高裁判所刑事判例集74巻1号1頁)